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May 18, 2017

学術文書の考えかた―『理科系の作文技術』から

 院試塾の「社会人のための大学院研究生活入門ゼミ」や「研究計画書作成指導」などの指導に当たっていて常々感じるのが,学術文書の技法・作法がきちんと身についていない人が実に多いということである。今回,指導上の必要から,以前読んだ木下是雄『理解系の作文技術』を読み返していて,院試塾で指導している内容と重なる部分が多く見られたので,紹介しながら学術文書を書くうえで大切な考えかたについて確認しておきたい。
 まず,木下は「自分の書こうとする文書の役割を確認すること」の大切さを以下のように説いている。


 これらは自明のことかもしれないが,初心の執筆者にとっては,自分の書こうとする文書の役割を確認することが第一の前提である。これは,もし確信がなければ先輩に尋ねて確かめなければならない大切なことなのだ。多少は書きなれた人も,筆をとる前に,また書き上げたものを読みかえす前に,いったい読者はこの文書に何を期待しているはずかと,一瞬,反省してみることを勧める。
 私にこういう注意を書かせるのは,何回か研究費申請の審査をさせられたときの経験である。申請書は

  1. その研究のねらいは何かを具体的に,明確に示し,

  2. 自分がこれまでやってきたことと,これからの研究方針とを,専門家が読めばその研究がうまくいく確率を評価できるように,きちんと述べた

ものでなければならない。一言で言えば,その研究の価値成功の可能性(feasibility)とに対する判断の資料を提供するのが申請書の役割である。ところが,世の中には「この人はこれでfeasibilityが判定できると思っているのか?」と疑いたくなるような申請書があまりに多い。実験装置ぜんたいの説明はものものしいのに,実験の成否がかかっているはずの肝腎な部分の記述が抜けていたりするのである。(Amazon Kindle版位置No.224-32)

研究計画書も同じように考えて取り組むべきなのである。つまり,その計画書を読んだ教員が,その研究のfeasibilityが判断できるように書かなければならないのだ。また,アンケート調査などを行う場合に,調査の項目や内容はやたら詳しく書いてあるが,それらをどのように分析・考察して研究の結論に到達しようとするのかがほとんど,あるいは,まったく書かれていない計画書も多く目にする。上の引用部の最後の部分に書いてあるような問題がある研究計画書というのが実は多いのである。
 記述の重点の置きかたについては,以下の指摘も重要である。

 学部学生の練習実験のレポートの主題は,当然,自分がどんな実験をしたか(どういう実験をし,どういう結果をえたか;それらについてどう考えるか)でなければならない。読者である教師は,実験の原理とか公式的なやり方とかは百も承知だから,参考書まる写しのようなことをいくら書いても,読んでくれる気遣いはない。
 同様に,技師に出す調査報告に,たとえ自分でははじめて知ったことであってもその道の専門家には常識であることを長々と書いたら,苦い顔をされるにきまっている。(Amazon Kindle版位置No.307)

この私的を研究計画書に当てはめて考えてみると,読み手である大学院の教員にとっては自明であるはずの背景記述・現状説明ばかりが書いてあるのは問題だということになる。また,「先行研究に言及することが大切だ」という聞きかじりの知識に従って,先行研究の内容説明を詳しくしている計画書というのも多く目にする。これらは読み手が当然知っているはずのことばかりを書いてある点で問題なのである。
 次の指摘も,読み手に対する配慮に関するポイントといってよいであろう。

読者として私がいらいらさせられるのは,一定の順序がなく思いつくままに書かれた(としか思えない)記述・説明文である。とくに,同じもの,あるいは密接に関連するものに関する記述がなんの断りもなくあちこちに散らばって出てくる文章を読まされると,腹が立つ。(Amazon Kindle版位置No.630)

他人に読んでもらう文章というのは,考えを整理した結果を書かなければならないのであって,自分の思考を整理する過程に読み手をつきあわせてはいけないのである。ところが,そのような「整理不十分」な計画書はよく目にするものである。
 文章という媒体においては,読み手には思考を整理した結果を示さなければならない点については,次の指摘にも注目すべきであろう。

しかし,論文は読者に向けて書くべきもので,著者の思いをみたすために書くものではない。序論は,読者を最短経路で本論に導き入れるようにスーッと書かなければならないのであるモヤモヤや逆茂木は禁物で,著者が迷い歩いた跡などは露いささかもおもてに出すべきでない。(Amazon Kindle版位置No.1142)

 続いて,ぼくが指導でよく問題にするのが段落の構成である。この点についても,木下は興味深く有益な指摘をしてくれている。

日本語の文章も,明治以降は,欧文の影響を受けて,かたちの上ではパラグラフを立てて書くようになってきている。しかし,かたちといっしょにパラグラフというもののないようも輸入されたかというと,それは疑わしい。欧米のレトリックの授業(1.3節)では,文章論のいちばん大切な要素としてパラグラフの意義,パラグラフの立て方を徹底的にたたきこんでいるようだが,教室でパラグラフの意義を教えられた経験のある日本人は数すくないのではないか。冒頭の例のようになんとなく670字を書き続けてしまったり,逆に一文ごとに改行したりする学生は例外としても,日本では「だいぶ続けて書いたからこの辺で切るか」というだけの人が多数派なのではあるまいか。(Amazon Kindle版位置No.782)

 パラグラフの概念と不可分であるのが,ぼくが「段落の表札」と位置づけて指導しているトピック・センテンスという考えかたである。これについて木下は次のように言う。

パラグラフに含まれるその他の文は,

  1. トピック・センテンスで要約して述べたことを具体的に,詳しく説明するもの(これを展開部の文という)
    か,あるいは

  2. そのパラグラフと他のパラグラフとのつながりを示すもの


でなければならない。つまり,トピック・センテンスと関係のない文や,トピック・センテンスで述べたことに反する内容をもった文を同じパラグラフに書きこんではいけないのである。この意味で,トピック・センテンスはパラグラフを支配し,他の文はトピック・センテンスを支援しなければならない。(Amazon Kindle版位置No.804)

 このほかにも,この本には学術文書を書くうえで考慮すべきポイントがたくさん説明してある。研究計画書を書きはじめる前にぜひ読んでおいてほしい1冊である。

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