学問とは対話である
院試塾では,学問の「対話」の側面を重視している。「研究計画書作成指導」や「社会人のための大学院研究生活入門ゼミ」では,最初は単なるメモ程度のものでも,メールを何度もやりとりしながら対話を重ね,だんだんと内容を深め形を整えていく。多くの人が合格体験記でも書いてくれているように(また,その1人が自身のブログ『MBA in Finance』の「院試塾の評価」でも書いてくれているように),ぼくから提示するのは「検討課題」が中心である。「ここをもっと考えてください」と言うのだ。それに対して受講生は自分の頭でさらに考える。必要に応じてさらに文献を読む。ぼくの問いや指摘に答えようとすることによって,受講生自身が学び,考える。主体であるべきは受講生自身であって,ぼくではない。これが教育の本質であるはずだ。魚を与えるのではなく,実際に魚釣りをしながら魚の釣りかたを覚えるように導いていく,とでも言えばよいだろうか。
また,この過程で受講生は,自分の考えをどのように提示すればよいかについても深く考えることになる。学問とは,単に頭の中に知識を蓄えていくことではない。書いたり話したりすることで,自分の考えを他人に明確に伝えなければならない。この力をつけることも,学問研究の準備としてはきわめて大切である。またこの過程で,自分の考えはより深まっていく。明確に表現しようとすれば,自分の考えを十分に客観化しなければならないからだ。
このようにして,受講生自身が主体的に考える過程をぼくが支援することで,大学院での研究の準備ができていくのである。また,おもしろい研究を一生懸命に行おうとしている人は,ぼくの頭に住みつくことになる。
英語では添削指導が中心だが,一部の講座では「W添削システム」によって対話の要素を導入している。基礎段階では自分で考えながら理解を軌道修正していく力を身につけることがきわめて大切だと考え,「大学院英語基礎力養成プログラム」では,W添削の適用範囲をさらに広げている。
とにかく,学んで伸びていくのはあなた自身でなければならない。「ていねいな解説」や「マニュアル」に依存しすぎると,自らこの機会を放棄してしまうことになる。じつに残念ではないか。
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