辞書を「越える」英文解釈(2)—trade-offの解釈をめぐって
まずは以下の引用を見てほしい。院試塾の「総合通信指導コース」(基礎科)の課題からとったものだ。
There has been an idea quite common, though somewhat vague, among educated people that the human race as a whole is facing a serious decision problem. If treated in a nationalist way, Doomsday will draw nearer. ... The trade-off does not seem to be between the millennium and the inferno, but between modest co-existence and ‘unhappy’ non-existence.
さて,このtrade-offという語をどう解釈すればよいか。まずは一般的な学習用英和辞典である『ジーニアス英和辞典』を見てみよう。「(より必要なものとの)交換;(妥協のための)取引」としか書いていない。「交換」としても「取引」としても,上の引用のtrade-offはうまく解釈できない。ぼくが日常的に使っている『プログレッシブ英和中辞典』には,「取り引き」や「折り合い」といった訳語のほか,「二律背反性,矛盾」といった訳語が挙がっていて,『ジーニアス』よりはわかりやすいものの,依然として十分とは言えない。
このように,英和辞典の訳語からだけでは意味がうまくつかめない場合,英英辞典を引くのが定石である。まずはCOBUILDを見ると:
A trade-off is a situation where you make a compromise between two things, or where you exchange all or part of one thing for another.
と説明しており,「折り合い」という訳語に近い意味であると判断できる。用例は...the trade-off between inflation and unemployment.となっていて,やはり「折り合いをつけること」と訳せる。
これを最初の引用に当てはめてみるとどうか。trade-off between A and Bとなっていることから,うまく当てはまるのではないかと一見思えるが,「天国と地獄の折り合いをつける」「ほどほどに共存することと不幸にも滅亡することとの折り合いをつける」というのはどうもよくわからない。むしろ,『プログレッシブ』に挙がっていた「二律背反性」のほうが適切ではないか。
さらに英英辞典の記述を見ていこう。今度はLDOCEだ。a balance between two opposing things, that you are willing to accept in order to achieve somethingという説明で,やはり「折り合い」に近いようだ。用例はThere has to be a trade-off between quality and quantity if we want to keep prices low.となっている。さらにODEを見ると,こちらはa balance achieved between two desirable but incompatible featuresという解説になっており,用例はやはりa trade-off between objectivity and relevanceと,between A and Bが続く形だ。
少し視点を変えてみよう。between A and BのA / Bの関係を,LDOCEはtwo opposing things,ODEはtwo desirable but incompatible featuresと表している。これを最初の引用に当てはめると,desirableとは言えないもののincompatibleであるのは明確だ。問題は,2つが極端に異なり,さらに言うと二律背反の関係にあるため,どちらかしか選べない点だ。「折り合いをつける」ことはできないのである。quality / quantityの対立と,millenium / infernoの対立との違いを図解すると以下のようになる。
quality / quantityは両者を混在させてその配分比を決めることができるが,millenium / infernoは一方を選べば他方は選べない。まさに「二律背反」なのである。
以上の考察から,最初に引用した文章のtrade-offはどう訳せばよいか。「選ぶことができるのは…か~かのどちらかである」といったあたりに持ち込むことができるだろう。


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