February 24, 2017

本物の「情熱」とは?

 大学院入試の指導をしていてつくづく感じるのは,知的能力や研究適性にはもちろん個人間のばらつきはあるが,目標を実現するかどうかはむしろ「粘り強さ」と「決意の固さ」で決まるということだ。この感覚を裏づけてくれるような本を今読んでいるので,内容を紹介しておきたい。


As for so many other grit paragons, the common metaphor of passion as fireworks doesn't make sense when you think of what passion means to Jess Gettleman. Fireworks erupt in a blaze of glory but quickly fizzle, leaving just wisps of smoke and a memory of what was once spectacular. What Jeff's journey suggests instead is passion as a compass―that thing that takes you some time to build, tinker with, and finally get right, and that then guides you on your long and winding road to where, ultimately, you want to be. (Angela Duckworth, Grit: The Power of Passion and Perseverance, Amazon Kindle版位置No.929)

上の引用の内容を簡単にまとめるなら,成功に必要なgrit(「根性,勇気」といったくらいの意味)とは,花火のように一瞬だけ華やかに燃え上がるものではなく,道を進んでいくために必要な方位磁石のようなものであるというのである。実際院試塾の指導においても,粘り強く学習を積み重ねた人,目標を見失わずにしっかり前に進めた人こそが合格を果たしていると感じる。
 なお,このGrit: The Power of Passion and Perseveranceは翻訳も出版されている。『やり抜く力 GRIT(グリット)――人生のあらゆる成功を決める「究極の能力」を身につける』(http://amzn.to/2l5XF5l)である。できれば英語で読んでほしいけれど。

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February 23, 2017

「文法的に考える」ことの大切さ

 英文読解において「文法的に考える」ことの大切さはよく説かれているが,その本当の意味をきちんとわかっている人は意外に少ないように思われる。たとえば,以下の引用例の下線部の意味がきちんと理解できるだろうか。


Dan's point is that if you had a time-lapse film of the hours and days and weeks and years that produced excellence, you could see what he saw: that a high level of performance is, in fact, an accretion of mundane acts. But does the incremental mastery of mundane individual components explain everything? I wondered. Is that all there is? (Angela Duckworth, Grit: The Power of Passion and Perseverance, Amazon Kindle版位置No.608-16)
この下線部の言いたいのは「それで全部なのか,それですべてが説明できるのか」ということである。まず,allのようほうにしっかり注目する必要がある。このようなallはたとえば,You have only to tell me the truth.=All you have to do (is) to tell me the truth.という書き換えを「大学受験英語」で学習しているはずなのであるが,ここで応用できるくらいにきちんと深く考えて理解している人はそう多くないだろう。英和辞典を見ると,たとえば『ウィズダム』には,代名詞allの意味・用法として,「[関係節を伴って] 唯一のこと; あらゆること」というのがあり,The Internet is great. All (that) you have to do is (to) click.「インターネットはすごい。クリックするだけでいいんだから」という用例も挙がっているのだが,そもそも上の構文を「受験英語」として学習したときに,allが代名詞でその後には関係代名詞のthatが省略されていることを学習したと記憶している人は少ないだろう。また,これでなぜ「~だけ」という意味になるのかもきちんと理解している人は多くないだろう(たとえば,出席者がすごく少ない状況を見た教員が「これで全部ですか」と尋ねればそれは「これだけですか」という意図であるとわかるであろう)。
 また,この例がやっかいなのは,関係代名詞の省略がよく知られている目的格の場合ではなく,there [here] is ~の提示構文の主語である点だ。文法書を見るとこれについてもきちんと解説してはあるのだが,ここまでしっかりと理解している人は少ないのではなかろうか。
 さらに,このthere is ~は単に「~がある」とばくぜんと存在を表しているのではなく,there is ~ to …「…に(関係するものとして)は~がある」のto …が表に出てきていないだけであると考えなければならない。前で述べていることがらに関連して,Is that all there is to it?というつもりなのである。
 このように考えると,上で示したような解釈に到達できるわけである。

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February 07, 2017

能力の「ポートフォリオ」を多様化すること

 投資業界では,diversify your portfolio「ボートフォリオはできるかぎり多様にしておけ」ということが言われるという。投資リスクは分散して,できるかぎり多様な対象に投資しろということなのだろうが,これは人間の能力・資質の開発についてもまったく同じではないかと考え,ぼくは学生に常々そのように言っている。
 ぼく自身の仕事の現状もまったくこれなのである。大学では言語学を勉強したが,高校では部活動で天体観測をしていて,大学時代も英語で天文学の本を読んだり,大学の図書館にあったCarl SaganのCosmosのビデオを見たりしていた。また,専門学校ではWebページ制作の授業を担当したりもした。これらを「自分の専門とは関係ない」といって切り捨ててしまっていたら,大学で科学英語や学術英会話(大学院全体の共通科目で,いわゆる「理系」の学生も多く履修する)を教えたり,自分の作ったWebページで通信教育を行ったりするという今のぼくの仕事はありえないのだ。
 もちろん,専門性を高めていくことは大切だ。ぼくの今の状況でも,英語の文法的・言語学的理解が根幹にあることは事実である。しかし,それだけではその分野の専門家としてしか生きていくことができない。多くの人が若手いないのは,そのような「専門家」として生きていけるのはごく一部の人でしかなく,しかもそのレベルにまで到達するためには能力はもちろん,粘り強さやストレス耐性,さらには「時の運」までもが必要になるのである。だから若い人たちには,学生時代から「複数の能力・資質」の組み合わせで独自性を出していくという人生の歩きかたもあるのだということを伝えたいのである。

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February 06, 2017

socialは「社会的な」とはかぎらない

 これまでにもこのブログでは,たとえば「socialは『社会的な』ではない」などの記事で,socialという形容詞には「人間[対人]関係の」という意味があるので,暗記した「社会的な」という訳語をやみくもに当てはめても適切な理解に到達できない場合があることを説明してきた。今回もそれがはっきりとわかる実例を紹介しよう。


In an exhaustive study of the determinants of participation, political scientist Sidney Verba and his colleagues found that the amount of free time a person has seems to have little or no effect on whether he or she becomes civically active or not. Just about the only social activity that busy, harried people engage in less than other people is dinner with their families. (Robert Putnam, Bowling Alone: The Collapse and Revival of American Community, Amazon Kindle版位置No.3325-34)

下線部のsocial activityの具体的内容は,後続のdinner with their familiesである。家族と一緒に夕食をとることを,日本語では「社会的活動」とは言わないから,このように訳してしまうのはまずいわけである。OALDにはsocialの語義としてconnected with activities in which people meet each other for pleasureというのを挙げているが,これに該当するわけである。つまり「ほかの人といっしょに過ごす」というくらいの意味なのである。

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February 04, 2017

more than oneは「1以上」ではない!

 more than oneは「1以上」ではないと指摘すると,細かいことを言うと煙たがられる向きもあるのだが,次の引用例ではこれが決定的に重要となる。


In some respects, evangelical activists look very much like other activists in America―older, whiter, more educated, more affluent―but religion is extraordinarily important in their lives. Of one national sample of religious activists, 60 to 70 percent attended church more than once a week, compared with less than 5 percent of other Americans. (Robert Putnam, Bowling Alone: The Collapse and Revival of American Community, Amazon Kindle版位置No.2790[※イタリックは原文])

上の引用例の下線部を,筆者はわざわざイタリックで強調している。これはなぜか。直前の文のreligious is extraordinarily important in their livesと関連づけて考えてみてほしい。彼らはきわめて信仰心に篤く,ふつうのクリスチャンは週に1度教会に行くわけだが,彼らは1回だけではないのである。つまりここでは,more than oneが「2以上」を意味するという知識が,内容を正確に読みとるうえできわめて重要になるわけである。

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January 30, 2017

relativeの解釈と潜伏疑問文

 relativeが疑問文に相当する意味を持つ名詞を修飾して「それぞれ(どれほど)~」という意味を表す場合があることについては,「relativeと潜伏疑問文―『ピンとくる』理解のために」という記事ですでに解説している。今回,この読解方法を応用するのが適切と思われる実例を見つけたので,適切と思われる実例を見つけたので,紹介して解説しておこうと思う。


Labor economists have offered a variety of other interpretations of the decline in unionization―adverse changes in public policy, such as the antistrike policy introduced by Reagan administration during the air traffic controllers strike of 1982, virulent employer resistance, flaccid union strategy, and so on. There is some truth in each of these interpretations, but despite much debate, no consensus yet exists among the experts as to their relative weight, and this is not the place to sort them all out. (Robert Putnam, Bowling Alone: The Collapse and Revival of American Community, Amazon Kindle版位置No.1335-40)

上の引用例の下線部はweightを潜伏疑問文と考えて「どれだけ重要であるか」としたうえでrelativeを「それぞれが」ととらえて,「それぞれがどれだけ重要であるか」と解釈すれば,「それらの相対的な重要性」よりもわかりやすい訳になるのではなかろうか。

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January 29, 2017

言うまでもないことだが,「英文読解」とは内容を読みとる営みである

 内容が理解できなければ「読解」にならないというのは自明のことではないかと思うのだが,どうもこの単純なことがわからない人がいるようなので,実例を挙げて力説しておきたい。次の英文はいったいどのようなことを言っているのであろうか。


If the younger people today are less observant than people their age used to be, then in all likelihood even if today's young people themselves gradually become more religiously involved as they age, they may well never catch up with the pace of their predecessors, and thus the aggregate level of religious engagement in society will tend to fall over time. (Robert Putnam, Bowling Alone: The Collapse and Revival of American Community, Amazon Kindle版位置No.1152-6)

直訳では内容はとうてい理解できないだろうが,要するに「今日の若者が親の世代に比べて宗教を信じなくなっていれば,年をとるにつれて信じるようになったとしても,親世代と同水準にいたることはなく,社会全体として見れば時がたつにつれて宗教を信じなくなっていくのである」と言っているのだ。これがわからなければ,単語の訳語や構文の解釈などの「手続き」がいくら正しくても,「読めている」とは言えないのである。

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名詞化の解釈―ほどいてわかりやすくする

 英語の名詞化を日本語にそのまま訳すとわかりにくくなることは,抽象的な英文の内容を日本語で言い表そうと真剣に取り組んだ経験がある人なら誰でも知っているだろう。今回もそのような実例をとりあげて,名詞化の解釈について確認しておこう。


The decline in religious participation, like many of the changes in political and community involvement, is attributable largely to generational differences. Any given cohort of Americans seems not to have reduced religious observance over the years, but more recent generations are less observant than their parents. The slow but inexorable replacement of one generation by the next has gradually but inevitably lowered our national involvement in religious activities. (Robert Putnam, Bowling Alone: The Collapse and Revival of American Community, Amazon Kindle版位置No.1144-8)

下線部はone generation is replaced by the nextという受動文を名詞化したものと考えればよい。of句はもとの動詞の(能動文での)目的語,by句は受動文でのby句,つまり能動文での主語にそれぞれ相当するのである。このように考えると,下線部は「ある世代が次の世代に取って代わられること」とわかりやすく解釈できる。直訳して「1つの世代の次の世代による置き換え」では意味不明である。この形の読解について詳しくは動画解説講義「学術英文の読解①」を参照されたい。

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項構造の解釈と副詞・形容詞

 動詞から派生した名詞や形容詞を解釈する際に,それらを修飾している形容詞・副詞に注目しながら動詞の項構造を適切に解釈すると理解が深まることについてはこのブログでも「名詞化の展開―形容詞が「項』に相当する例」などで解説してきた。今回は,同じ本のなかで,同じ動詞+目的語の関係に基づく形容詞+名詞/副詞+形容詞の例が出てきている例を紹介しよう。


 Churches and other religious organizations have a unique importance in American civil society. America is one of the most [1]religiously observant countries in the contemporary world. With the exception of "a few agrarian states such as Ireland and Poland," observes one scholar, "the United States has been the most [2]God-believing and religion-adhering, fundamentalist, and religiously traditional country in Christendom," as well as "the most religiously fecund country" where "more new religions have been born ... than in any other society."
 American churches over the centuries have been incredibly robust social institutions. Tocqueville himself commented at length on Americans' religiosity. Religious historian Phillip Hammond observes that "ever since the nation's founding, a higher and higher proportion of Americans have affiliated with a church or synagogue―right through the 1950s." Although most often we think of the colonists as a deeply religious people, one systematic study of the history of [3]religious observance in America estimates that the rate of formal religious adherence grew steadily from 17 percent in 1776 to 62 percent in 1980. Robert Putnam, Bowling Alone: The Collapse and Revival of American Community, Amazon Kindle版位置No.996-1003)

下線部[1]と[3]はどちらも[V]observe [O]religionという動詞+目的語の関係を土台としたもので,下線部[1]動詞observeをobservantという形容詞にするのにともなって,目的語のreligionが副詞religouslyになっているのに対して,下線部[3]では動詞observeをobservanceと名詞化するのにともなって目的語のreligionが形容詞religiousになっている。つまり,下線部[1]は「宗教を信仰する傾向が強い」,下線部[3]は「宗教を信仰すること」という意味にそれぞれなるわけである。なお,下線部[1]などは特に「宗教的に注意深い」などの「意味不明な」解釈が続出しそうであるが,下線部[2]で内容が言い換えられている点にしっかり注目すれば,そのような解釈をしなくてすむであろう。

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January 28, 2017

暗記した訳語をやみくもに当てはめる読解は不毛だ!―deliberatelyは「意図的に」とはかぎらない

 「一語一訳」主義の人なら,deliberatelyに「意図的な」という訳語語を当てはめることができれば満足するのかもしれないが,以下の引用例はそれでは理解できていることにはならない。


Papa spoke deliberately. as though measuring every word. (Michael Gates Gill, How Starbucks Saved My Life: A Son of Privilege Learns to Live Like Everyone Else, Amazon Kindle版位置No.1525)

まず,spoke deliberatelyを「意図的に話す」と考えてもここの内容にはあわない。また,その解釈ではas though節の内容ともうまくつながらない。そのように感じて辞書を引くと,deliberatelyには「慎重に,ゆっくりと」などの意味もあることがわかる。この解釈であれば,as though節の内容ともしっくりつながる。

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