August 20, 2017

学問的価値観と文化資本

 フランスの社会学者であるピエール・ブルデューが提唱した考えかたに「文化資本」というものがある。学歴や文化的素養などが家庭を通じて継承され,それが格差となるという考えかたなのだが,大学院入試の指導をしていると,まさに大学院レベルの学問にたえうるかどうかはこの「文化資本」の差なのではないかと感じることがよくある。というのは,こちらが提示する「学問」をきわめてすんなりと受け入れられる人とそうではない人とがどうもいるようで,その差はどうやらそれまでの努力の差ではなく,それまでに身についている「価値観」の差であるようなのだ。
 もしこの見方が妥当であるならば,大学院志望者がまず最初に身につけるべきであるのは,この「価値観」であるということになるわけだが,これが本当にブルデューの言う「文化資本」であるならば,そう簡単に身につくものではない。しかしそれでも,その価値観を「そういうものであるからしっかり受け入れる」という決意をした人は,学ぶ姿勢がきちんとあればある程度,少なくとも大学院入試に対応できる程度には身につくのではないかと思うのだが,これまでの指導経験から言うと,そのような「価値観」はそれを持ち合わせていない人にはなかなか受け入れがたいもののようなのである。

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socialの訳語について再び

 英語の形容詞socialを「社会的な」と訳すのが適切ではない場合があることについては,このブログでも再三指摘している。今回もこの点を,実例を挙げて確認しておこう。


In old age, when [A]social networks are thinned by [B]the deaths of friends and family, the social benefits of volunteering are strongest (and indeed, it is the most socially isolated elderly who benefit the most from volunteering. (Jonathan Haidt, The Happiness Hypothesis: Finding Modern Truth in Ancient Wisdom, Amazon Kindle版位置No.3253)

下線部[A]のsocialは「人間関係の」と解釈すべきである。これは,下線部[A]の「周囲との人間関係が希薄になる」の原因が下線部[B]の「友人や家族が亡くなること」とされている点から明らかであろう。
 なお,このsocial networkを含む表現としてsocial network serviceがある。SNSの代表格とされるのがFacebookであるが,ここで重要な意味を持つのが「友達」であることから考えても,このsocialはやはり「社会的な」という意味ではないのである。

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August 19, 2017

emotional reactionは「感情的反応」か?

 emotional reactionを「感情的反応」と訳しているのを耳にするたびに,夫婦げんかで感情が高まってものを投げあう場面を想像してしまう。しかし,emotional reactionとはけっしてそのようなことを言うためだけに用いられる表現ではない。そのことが文脈から読みとれる例を紹介しておこう。


Shortly after moving to the University of Virginia in 1995, I was writing yet another article about [A]how social disgust is triggered when we see people moving "down" on the vertical dimension of divinity. Suddenly it occurred to me that I had never really thought about [B]the emotional reaction to seeing people move up. I had referred in passing to [C]the feeling of being "uplifted," but had never even wondered [D]whether "uplift" is a real honest-to-goodness emotion. (Jonathan Haidt, The Happiness Hypothesis: Finding Modern Truth in Ancient Wisdom, Amazon Kindle版位置No.3561)

下線部[B]のthe emotional reactionとはいったいどのような意味であろうか。まず,ここの内容が下線部[A]の内容と対比されている点に注目したい。より具体的には[A]のwhen we see people moving "down" on the vertical dimension of divinityと[B]のto seeing people move upとが対比されていると考えることができる。このように考えれば,the emotional reactionで筆者が想定している内容もsocial disgust is triggeredとは逆の内容であると考えることができる。また,下線部[C]は下線部[B]に関連して,ほんの少しだけついでに述べたことのある内容として示されていて下線部[B]の内容と具体例のように考えることができるであろう。この部分も,ある感情を感じることが述べられている。また,この流れから下線部[D]を見ていくと,これまでの流れをemotionという語でまとめているように読める。つまり,emotional reactionとは,ある状況やできごとに対してある特定の感情を感じることをいっているのではないかとわかるのである。はたしてこのようなことを日本語では「感情的反応」と言うだろうか。
 問題の根源はまず,emotionalを「感情的な」と訳してしまったことであろう。すでに何度もこのブログで解説しているとおり,英語の形容詞を日本語で「~的な」と訳すのが常に適切であるとはかぎらないのである。また,reactionを英英辞典で引くと,Your reaction to something that has happened or something that you have experienced is what you feel, say, or do because of it.(COBUILD)のような定義が見つかる。この定義をふまえて考えれば,emotionalという形容詞があることでこの定義のfeel, say, or doのうちfeelだけが選択されているのだと考えることができるであろう。

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わかるように意味を考えることの重要性

 「『攻め』の英文読解―意味を積極的に『引き出す』」という記事では,安井稔『納得のゆく英文解釈』から,the elders with whom I was bredという表現をとりあげ,これが「私が子供であったとき,大人であった人たち」という意味であると解説されていることを述べた。この記事では,このような発想にもとづいて解釈すべき実例をとりあげよう。


Huck Finn runs away from his foster mother to raft down the Mississippi with an escaped slave; the young Buddha leaves his father's palace to begin his spiritual quest in the forest; Luke Skywalker leaves his home planet to join the galactic rebellion. All three set off on epic journeys that make each into an adult, complete with a set of new virtues. These hard-won virtues are especially admirable to us as readers because they reveal a depth and authenticity of character that we don't see in the obedient kid who simply accepts the virtues he was raised with. (Jonathan Haidt, The Happiness Hypothesis: Finding Modern Truth in Ancient Wisdom, Amazon Kindle版位置No.2896-902)

下線部を「彼がともに育てられた徳目」などと訳してみても意味不明である。これは「子どもが小さいころから教えこまれたきた徳目」などと解釈すべきであろう。

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August 18, 2017

放送大学大学院の出願

 院試弱では「放送大学大学院研究計画書ゼミ」を設置して,半年以上前から今月末の出願に向けて指導を行ってきた。そして本日,4月から指導してきた受講生から,出願のご報告をいただいた。早くから準備を開始していた方だけに,何とか完成できたのはぼくとしてもうれしいかぎりである。しかし,ぼくのほうはまだ安心できない。というのも,出願時期は今月末に迫っているが,まだ完成にいたっていない受講生も多くいるからである。あと10日ほど,ぼくもがんばっていかなければならない。

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仮定法過去

 仮定法過去とは,現在の非現実的なことがらを表すために過去形を用いるものである。その場合,仮定の及ぶ範囲全体が過去形になる。仮定法であるから,これが過去の意味を表してはいない点に注意が必要である。そのような注意を要する例をいっしょに検討しよう。


Caritas and agape are beautiful, but they are not related to or derived from the kinds of love that people need. Although I would like to live in a world in which everyone radiates benevolence toward everyone else, I would rather live in a world in which there was at least one person who loved me specifically, and whom I loved in return. (Jonathan Haidt, The Happiness Hypothesis: Finding Modern Truth in Ancient Wisdom, Amazon Kindle版位置No.2478-86)

下線部は仮定法過去になっているので,太字の過去形はすべて過去の意味を表してはおらず,内容は現在で,非現実的な内予うょあらわしているのである。つまり,a world以下は仮定のなかにしかない世界のことを述べているために仮定法になっているのだ。だからこれらの過去形は過去の意味に解釈してはいけないのである。

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過去分詞の分詞構文

過去分詞の分詞構文は英文読解の盲点になっている人が多いようで,実際の英文で出てくるとうまく対処できない人が多い。しかし,基本に忠実に考えれば,特に難しいものではない。実例を見ながら対処法を説明していこう。


I want to see how size influences the natural world. How do the physical forces of nature dictate the lives of the big and the small? Do organisms face different challenges at different scales? And do we all experience the world differently based on our size? (Wonders of Life, "Size Matters," (Disc 2))

下線部が過去分詞の分詞構文になっている。まずはbasedが過去形であるのか,それとも過去分詞であるのかを正しく見きわめる必要がある。過去形は述語動詞なので,必ず主語と対応しているはずである。ところがこの文ではdo [S]we all [V]experience [O]the world differently ...となっており,S+Vの対が成立してしまっているので,このbasedは述語動詞ではないから,過去形でもない。したがってこれは過去分詞であると判断することになる。
 続いて,過去分詞の用法は形容詞用法と副詞用法の2つがあることを確認しておこう。整理すると以下のようになる。

  • 形容詞用法:補語(C)になる/名詞を修飾する

  • 副詞用法:名詞以外を修飾する→分詞構文


この2つの用法のうち,副詞用法が分詞構文と呼ばれているものである。下線部のbasedは補語になってもいなければ,名詞を修飾してもいないから形容詞用法ではないので,副詞用法だということになる。では,名詞以外のいったい何を修飾しているのかといえば,前半の節,つまり主節全体を修飾していることになる。分詞構文というと高校英文法で意味関係に注目して教えるせいか,意味関係の分類ばかりに目が行きがちであるが,形からえられる手がかりは何もない。そもそも意味関係が自明であって,意味関係を明示する接続詞がなくても誤解される危険性がないからそれを省略して分詞構文にしているわけである。したがって意味関係は,つながっている2つの内容,つまりここでは「あらゆる生物は世界を違ったように経験しているのか」「大きさにもとづいている」がどのようにつながるかを考えて判断すべきなのである。そこから出てくるのは,「あらゆる生物は大きさにもとづいて世界の経験のしかたが異なるのだろうか」という解釈であろう。
 つまり,過去形の分詞構文を解釈するには,以下の3つの手順を踏むことになるのである。

  1. 主述関係に注目しながら,-ed形が過去形であるか過去分詞であるかを見きわめる[※過去形と過去分詞が異なる形の動詞についてはこの手順が不要であることは言うまでもないであろう]

  2. 過去分詞であると判断したら,それが形容詞用法であるか副詞用法であるかを見きわめる

  3. 副詞用法,つまり分詞構文であると判断したら,つながっている2つの内容の意味関係からつながりを把握する

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August 17, 2017

形容詞の解釈―名詞化形との関連で

 形容詞の意味をあまりよく考えずに「~的な」としてはいけないということについては,このブログでも幾度となく解説しているが,今回は名詞化形との関連で考えるべき実例を解説しておこう。


Love is a kind of insanity, and many people have, while crazed with passion, ruined their lives and those of others. Much of the philosophical opposition to love may therefore be well-intentioned advice by the sages to the young: Shut your ears to the sirens' deceitful song. (Jonathan Haidt, The Happiness Hypothesis: Finding Modern Truth in Ancient Wisdom, Amazon Kindle版位置No.2494)

まず,oppositionはbe opposedの名詞化で,to句はbe opposed to ~のto句が継承されたものである。このように考えていくと,be opposedの主語は何であったのかという疑問が生じるが,実はこれがphilosophicalに対応する名詞のphilosophyなのである。つまり,上の引用例の下線部は,philosophy is opposed to loveを名詞化したもので,「哲学が愛に反対していること」と解釈すべきなのである。

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形容詞の修飾関係と意味解釈(2)―strong lifeとは?

 「形容詞の修飾関係と意味解釈―happy genesとは?」という記事では,happy genesという表現をとりあげて,形容詞の意味を考えるときには被修飾名詞との意味関係を考慮すべきである点を解説した。今回もそのような例を紹介しよう。


What does [A]a strong life look like? What does it look like when a person succeeds in [B]building his life around his strengths? (Marcus Buckingham and Donald Clifton, Now, Discover Your Strengths, p.19)

下線部[A]を「強い人生」などと訳してみたところで,人生に強いも弱いもないだろうから,まったく意味不明である。まずはそのように疑問を持って,a strong lifeとはどのような意味なのだろうかと思いながら次の文を見てみると,下線部[B]が目にとまるはずである(ついでに言うなら,これが「文脈に注目する」ということなのである)。下線部[B]の意味は「自分の強みを中心にして人生を組みたてる」ということであるから,下線部[A]のa strong lifeも「強みを生かした[軸にした]人生」と解釈すればよいことがわかるのである。

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August 16, 2017

形容詞の修飾関係と意味解釈―happy genesとは?

 形容詞の意味を正確に把握するためには,名詞との修飾関係に注目する必要がある。たとえば,以下の引用例ではhappyが2箇所に出てくるが,被修飾名詞との関係で意味が違ってくる。


But whenever I hear about correlations between mother and child,, I'm skeptical. Twin studies almost always show that personality traits are due more to genetics than to parenting. Maybe it's just that [A]happy women, those who won the cortical lottery, are warm and loving, and they pass on [B]their happy genes to their children, who then show up as securely attached. (Jonathan Haidt, The Happiness Hypothesis: Finding Modern Truth in Ancient Wisdom, Amazon Kindle版位置No.2227)

下線部[A]のhappyは人を意味する名詞を修飾しているので,これは人の性質を表していると考えることができるから,恒常的に幸福感を感じているという意味で「幸福な,幸せな」と訳して問題ないであろう。しかし,下線部[B]ではhappyはgenesを修飾している。遺伝子が幸福感を感じるはずなどないのだから,happy genesを「幸福な[幸せに]遺伝子」と訳しても的外れであろう。文章の意味から考えると,「(その遺伝子をもっている人が)幸福になるような」という意味であろう。

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