December 07, 2017

「作業」と「仕事」

 セブンイレブンCEOの鈴木敏文氏が『なぜ、セブンでバイトをすると3カ月で経営学を語れるのか?―実践ストーリー編』のインタビューで次のように語っている。仕事だけでなく学問研究にも通じるものがあると感じたので,紹介しておきたい。


単なる“作業”はすでにある答えに従って行うのに対し,本当の“仕事”は自分で疑問を発し,答えを出していかなければならない。発注は作業ではなく仕事です。困難でも自分で答えを出し,成果に結びつけばやりがいになり,面白みが増して,もっといい答えを出そうとする。作業はいつまで経っても時間の切り売りのままで,そこから先へは進みません。(p.8)

院試塾での指導でも,単なる「作業」として取り組んでいる受講生と,当事者意識をもって,自分のこととして真剣に学んでいる受講生とでは,当然ながら出せる結果も違ってくる。鈴木氏の言う「作業」としてやっているだけでは,「身になる」学問はできないのである。

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December 05, 2017

否定表現に続くbegin to Vの語義

 begin to Vと言えば「Vしはじめる」という意味で知らない人はいないと思われるが,実は否定表現に続くと特別な意味を表す。たとえば『ルミナス英和辞典』では「[否定文で]とても…しそうにない,…どころではない」という意味であると説明している。


  1. This is it, the human brain, and it might not look like it but it's the most complex physical structure we know of anywhere in the universe. There are over 80 billion neurons in the average human brain. That's comparable to the number of stars in the galaxy. That doesn't even begin to describe its complexity. (Human Universe, "Apeman―Spaceman")

  2. This work has taken me through many of the cities of the United States and across much of the rest of the world. It has confirmed my earliest intuitions: that how people construe the time of their lives comprises a world of diversity. There are drastic differences on every level: from culture to culture, city to city, and from neighbor to neighbor. And most of all, I have learned, the time on the clock only begins to tell the story. (Robert Levine, A Geography of Time: On Tempo, Culture, and the Pace of Life, Amazon Kindle版位置No.188)


この2つの例は上で挙げた『ルミナス英和辞典』の訳語では理解しにくいかもしれないが,たとえばLDOCEではcan't begin to understand/imagine etcとして,used to emphasize how difficult something is to understandと説明している。これにそって解釈すると,1.の例は「この数字は脳の複雑さを記述するにはとうていおよばない」という意味であり,2.の例は「時計からわかる時間からは真相がかろうじてわかるだけなのである」という意味だと考えることができる。
 なお,2.の例については,onlyが否定語であるという認定が必要となるが,この点についてはたとえばLittle did I dream that such a thing would happen.(『ロイヤル英文法』)のような否定語を文頭に置いた場合の倒置がonlyの場合にも起こって,たとえばOnly on one point do I agree with you.(ibid.)のようになることからもわかる。なお,この点について『ロイヤル英文法』は「onlyも意味上は否定語に近いので文頭に置かれると倒置になる」(§379(3))と説明している。またこの点はたとえば,onlyに相当するフランス語の表現がne ... queという否定表現であることや,onlyを日本語に訳す場合に「〜しかない」とする場合があることも考えあわせるとうまく理解できるであろう。

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December 03, 2017

情報を整理して提示するとは?

 ぼくは常々言っているのだが,PowerPointのスライドには「文章」を書くべきではない。しかし実際には,文章を書く人があまりに多い。情報は自分で咀嚼して,わかりやすく提示して示すべきなのである。この記事では,旧約聖書の創世記の冒頭の天地創造の記述内容をPowerPointスライドを使って説明する,と想定して,どのようなスライドを作ればよいかを考えてみることにしよう。


初めに,神は天地を創造された。地は混沌であって,闇が深淵の面にあり,神の霊が水の面を動いていた。 神は言われた。「光あれ。」こうして,光があった。神は光を見て,良しとされた。神は光と闇を分け,光を昼と呼び,闇を夜と呼ばれた。夕べがあり、朝があった。第一の日である。神は言われた。「水の中に大空あれ。水と水を分けよ。」神は大空を造り,大空の下と大空の上に水を分けさせられた。そのようになった。神は大空を天と呼ばれた。夕べがあり,朝があった。第二の日である。神は言われた。「天の下の水は一つ所に集まれ。乾いた所が現れよ。」そのようになった。神は乾いた所を地と呼び,水の集まった所を海と呼ばれた。神はこれを見て,良しとされた。神は言われた。「地は草を芽生えさせよ。種を持つ草と,それぞれの種を持つ実をつける果樹を,地に芽生えさせよ。」そのようになった。地は草を芽生えさせ,それぞれの種を持つ草と,それぞれの種を持つ実をつける木を芽生えさせた。神はこれを見て,良しとされた。夕べがあり,朝があった。第三の日である。神は言われた。「天の大空に光る物があって,昼と夜を分け,季節のしるし,日や年のしるしとなれ。天の大空に光る物があって,地を照らせ。」そのようになった。神は二つの大きな光る物と星を造り,大きな方に昼を治めさせ,小さな方に夜を治めさせられた。神はそれらを天の大空に置いて,地を照らさせ,昼と夜を治めさせ,光と闇を分けさせられた。神はこれを見て,良しとされた。夕べがあり,朝があった。第四の日である。神は言われた。「生き物が水の中に群がれ。鳥は地の上,天の大空の面を飛べ。」 神は水に群がるもの,すなわち大きな怪物,うごめく生き物をそれぞれに,また,翼ある鳥をそれぞれに創造された。神はこれを見て,良しとされた。 神はそれらのものを祝福して言われた。「産めよ,増えよ,海の水に満ちよ。鳥は地の上に増えよ。」夕べがあり,朝があった。第五の日である。神は言われた。「地は,それぞれの生き物を産み出せ。家畜,這うもの,地の獣をそれぞれに産み出せ。」そのようになった。神はそれぞれの地の獣,それぞれの家畜,それぞれの土を這うものを造られた。神はこれを見て,良しとされた。 神は言われた。「我々にかたどり,我々に似せて,人を造ろう。そして海の魚,空の鳥,家畜,地の獣,地を這うものすべてを支配させよう。」神は御自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。男と女に創造された。神は彼らを祝福して言われた。「産めよ,増えよ,地に満ちて地を従わせよ。海の魚,空の鳥,地の上を這う生き物をすべて支配せよ。」神は言われた。「見よ,全地に生える,種を持つ草と種を持つ実をつける木を,すべてあなたたちに与えよう。それがあなたたちの食べ物となる。地の獣,空の鳥,地を這うものなど,すべて命あるものにはあらゆる青草を食べさせよう。」そのようになった。神はお造りになったすべてのものを御覧になった。見よ,それは極めて良かった。夕べがあり,朝があった。第六の日である。天地万物は完成された。第七の日に、神は御自分の仕事を完成され、第七の日に,神は御自分の仕事を離れ,安息なさった。この日に神はすべての創造の仕事を離れ,安息なさったので,第七の日を神は祝福し,聖別された。(『旧約聖書』「創世記」[新共同訳]第1章第1節〜第2章第3節)

この内容からPowerPointのスライド作成する場合を考えてみよう。多くの人は次のようなものを作るのではないだろうか。
Genesis_1
つまり,PowerPointスライドのデフォルト形式である箇条書きテキストでまとめてしまうわけである。たしかに作るほうは単純だが,これを見ながら説明を聞くとなると,文章を読まなければならない。つまり,頭に入りにくいのである。また,聖書の記述をそのまま整理せずに引用している箇所と「太陽と月」のように整理している箇所とが混在しているのもわかりにくい。整理するのであればもっと徹底して,すべての記述を簡潔に整理した形で提示すべきであろう。
 このように考えたときにすぐに思いつくであろう改善策はこのようなものである。
Genesis_2_2
たしかに記述はある程度整理されてはいるが,これでもまだ「読む」必要があって,1枚のスライドとしての完成度はあまり高くないと言えるだろう。また,特に第6日の人以外の被造物はもっと大胆にまとめるべきだと思う。
 ぼくが理想だと考えるスライドは次のようなものである。
Genesis_3_2この形であれば,さまざまなものが順番に想像されていく過程が一目瞭然であるし,内容も整理されている。説明を聞いている人はスライドの内容を「読む」必要がなくなるのである。
 もし文章を読ませたいのであれば,PowerPointなど使わずに,上の聖書の文章を印刷して配布したほうが読み手(あるいは聞き手)にとってずっと親切だと言えるであろう。


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言葉としっかり向きあうということ

 学問の基本的な力とは,言語操作能力であると言っても過言ではないだろう。しかしほとんどの人は,あまり深く考えずに言葉と向きあっているのではないだろうか。院試塾の指導において,特に問題となっている事例を2つ紹介しながら,学問において言葉と向きあう際の姿勢について考えてみたい。
 まずとりあげるのは,神戸大学MBAの「経歴詳細説明書」という出願書類についてである。院試塾の「『読む』と『見る』は違う!』でも指摘したが,見ているだけでまったく読んではいないのである。また,指示されるまで国語辞典を引かないという姿勢も問題である。言葉の意味がわからなければ辞典を引くのはごく当たり前のことなのである。なお,「ハイライト」を国語辞典で引くと,たとえば『新明解国語辞典』では,2番目の語義として「〔演劇・放送・スポーツなどで〕中心となる、最も興味のある部分(場面)」とあるから,職務経験全体を説明したのではまったく的外れなのである。
 続いて紹介するのは,院試塾の「口頭試問・プレゼンテーション指導」の想定質問である。このなかの1つに,「あなたの研究の方法論上の特徴を説明してください」というのがあるのだが,「方法」と「方法論」とを同じように考えているとしか思えない回答が続出する。このような人に対しては,「辞典などで調べて『方法』と『方法論』の違いを十分に把握したうえで再検討するように」と指示するのであるが,これは先ほどの「ハイライト」の場合と比べるとやや高度なポイントで,一般的な国語辞典を引いただけではなかなか違いは理解できない。しかし,たとえば『日本大百科全書』を見ると,「自然科学の方法の成功の秘密の一つは,いうまでもなく実験と観察を重んじたことであるが,さらにこのほかに,数学,つまり論理を重んじたことに加え,カテゴリーを時間,空間,質量に関するものに限ったということが重要な点である。そこで,社会科学や人文科学の領域にも,前記の三つの特色を備えた方法を導入し,新生面を開こうとする試みが,19世紀において盛んであった。けれども,この試みはあまり成功せず,したがって,この領域では別の方法が必要だとする意見も多かった。近ごろになり,カテゴリーの制限にはかならずしもこだわらず,論理的な面に注目することにより,すべての科学に通ずる方法を統一的に論じようとする考え方が出てきた。これは,一方では論理学の発展と,他方ではいわゆる数理科学の発展と関係のある事柄である。なお,各科学特有の個別的な方法についての議論を「小文字の方法論」ということがある。たとえば,心理学や経済学はこの小文字の方法論がいまなおよく行われている分野である。」という記述がある。参考までに言うと,言語学においても方法論上の議論はきわめて重要な位置を占めており,たとえば言語学に革命をもたらしたとされるN・チョムスキーの手法は,言語直観と内省を重視し,それゆえ特に自分の母語の場合には「作例」の「容認可能性」を軸にした議論がなされる傾向がある。

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November 28, 2017

変化の意味を表すmore or less

 more or lessを見ると機械的に「多かれ少なかれ」と訳して安心してしまう悪い癖がついている人が多い。辞書をの記述を丹念に読むと,慣用表現としてのmore or lessはむしろ,「だいたい,おおよそ」ないしは「かなり」と解釈したほうが良い場合が多いことがわかるのだが,そもそも,辞書の記述を丹念に読む習慣がきちんと身についている人は,意味をよく考えずに「多かれ少なかれ」と訳したりはしない。
 今回とりあげる実例はさらに精密な読みが必要なものである。というのも,これは実は慣用表現ではないからである。more or lessが文字どおりに「多くなったり少なくなったりする」という変化を表しているのである。まずは実例を見てみよう。


This four-circuit human attentional system evolved over tens of thousands of years―distinct brain networks that become more or less active depending on the situation―and it now lies at the center of our ability to organize information. (Daniel Levitin, The Organized Mind: Thinking Straight in the Age of Information Overload, Amazon Kindle版位置No.1056)

depending on the situationとの関連でとらえると,下線部のmore or lessは「状況によって活発になったりそうでなくなったりする」という意味であるとわかるのである。文脈に即して内容を正確に読みとろうという姿勢が身についている人だけがこのような理解にたどりつけるのである。

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November 25, 2017

a(n)+数量・種類の名詞+ofが数量形容詞に相当する実例

 これまでにこのブログで何度か,たとえばa number of 〜 / a variety of 〜のように,a(n)+数量・種類の名詞+ofが数量形容詞に相当する場合があることをとりあげてきた。これらの例の場合にはnumber / varietyなどの辞書の記述を丹念に検討すればこの解釈にはたどり着けるのだが,場合によっては辞書に適切な記述がない場合もある。そのような実例を紹介しておこう。


The books on innovation yielded [A]a harvest of examples from science, inventions, business, and management. I searched through transcripts of interviews I had conducted with military decision makers. Books and articles about financial investment in the wake of the 2007-2008 financial collapse yielded [B]many more examples, as did stories about medical discoveries. (Gary Klein, Seeing What Others Don't: The Remarkable Ways We Gain Insights, Amazon Kindle版位置No.558)

下線部[A]のa harvest of examplesは,下線部[B]のmany more examplesと対比して考えると,「大量の例」という意味だと判断できる。つまり,a harvest ofがa(n)+数量・種類の名詞;ofという形であり,many / a lot ofなどに対応すると考えられるわけである。
 なお,いくつかの辞書を引いてみたが,私が見たかぎりではa harvest of 〜がmany / a lot of 〜に相当する意味を表すという記述は見あたらなかった。

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November 24, 2017

語義を文脈から具体的に考える方法

 多義語の解釈は初学者が迷うポイントで,辞書を引いてもたくさんの意味に圧倒されてしまいがちである。しかし,文脈から語義を適切に絞りこむ訓練ができていれば,それほどたいへんなことではない。今回はその具体的な方法を実例で解説しよう。次の引用例の下線部[A]のclosureの意味を考えてみてほしい。


Insights are unique in some other ways. When they do appear, they are coherent and unambiguous. They don't come as part of a set of possible answers. When we have the insight, we think, "Oh yes, that's it." [A]We feel a sense of closure. This sense of closure produces a feeling of confidence in the insight. Wallas claimed that the flash of illumination results in a feeling of certainty. We aren't picking an idea that seems better than others. [B]Instead, we're struck that this is the answer, the happy idea. (Gary Klein, Seeing What Others Don't: The Remarkable Ways We Gain Insights, Amazon Kindle版位置No.477)

closureを辞書で引いてみると,たとえば『プログレッシブ英和中辞典』には以下のような多様な意味が載っている。

  1. 閉鎖,閉店,廃業

  2. ふた,キャップ,ファスナー

  3. 終了,終結

  4. 心の整理,気持ちの区切り


上の引用例では下線部[B]の内容との関連で考えると,4.の意味で解釈するのが適切だとわかるであろう。「これが答えでまちがいがない」という気持ちの区切りがつく,というわけだ。

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名詞intimationの意味―名詞化との関連で具体的に考える

 名詞intimationを辞書で引くと,たとえば『ルミナス英和辞典』では,「ほのめかし,暗示」などとなっているが,果たしてこれでしっかりと意味が把握できるだろうか。次の2つの例で考えてみてほしい。


  1. Wallas claimed that people could sometimes sense that an insight was brewing in their minds. The insight starts to make its appearance in fringe consciousness, giving people an intimation that the flash of illumination is nearby. (Gary Klein, Seeing What Others Don't: The Remarkable Ways We Gain Insights, Amazon Kindle版位置No.388)

  2. Diseases have a wide variety of ways by which they first make their presence known. Sometimes they lurk unknowable within us for weeks or months―even years―daily extending their malign domain until some vague puff of minimal perception brings subtle warning, perhaps only an intimation, that something may not be quite right. (「メディカル大学院英語ゼミ」課題文)


いずれもan intimation that S+Vという形で用いられている。名詞化の解釈の基本との関連で考えると,まず,an intimationと可算名詞として用いられていることから,このintimationは結果読みであり,つまり「~するもの」という意味でとらえるのが適切であると判断できる。また,後続のthat節はもとの動詞が要求していたthat節を継承したものではないかという点にも思い至るであろう。このように考えて辞書を引くと,動詞intimateは「間接的に知らせる」という意味であることがわかるから,an intimation that S+Vは「~であることを間接的に知らせるもの」と解釈できることがわかって,2.の例のsubtle warningとの同格関係もしっかりと納得できるのである。
 なお,たとえば『プログレッシブ英和中辞典』のように,名詞intimationについて,動詞intimateの名詞形であることだけを示している辞書もある。上で解説したような名詞化の解釈の基本がきちんと身についている人であれば,この記述のしかたのほうが親切であるとも言えるのではなかろうか。

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November 23, 2017

statisticianの2とおりの解釈―意味・内容を正確に吟味する

 He is a good dancer.を「かれは上手な踊り手である」のように訳さないようにとぼくは常々指導している。なぜならこの文はHe dances well.を名詞中心表現にしたものであって,dancerは日本語の「踊り子」「踊り手」のように,踊ることを生業にしている人という意味を表すとはかぎらないからである。次の例で考えてみると,このことがよくわかるであろう。


We prepared a survey that included realistic scenarios of statistical issues that arise in research. Amos collected the responses of a group of expert participants in a meeting of the Society of Mathematical Psychology, including the authors of two statistical textbooks. As expected, we found that our expert colleagues, like us, greatly exaggerated the likelihood that the original result of an experiment would be successfully replicated even with a small sample. They also gave very poor advice to a fictitious graduate student about the number of observations she needed to collect. Even [A]statisticians were not good intuitive [B]statisticians. (Daniel Kahneman, Thinking, Fast and Slow, Amazon Kindle版位置No.63-8)

上の引用例の最後の文を,「統計学者でさえもよい直観的統計学者ではなかったのである」などと解釈してもまったく意味不明である。下線部[A]のstatisticianは「統計を専門的に扱う人」,下線部[B]は「統計をきちんと扱える人」という意味なのであって,これをふまえると「統計を専門的に扱う統計学者でさえも,直観的に考えた場合に統計をきちんと扱えるとはかぎらなかったのである」と解釈できるのである。直訳では見えなかった意味が,意味・内容を正確に吟味しようとすると見えてくるのである。

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クジラの構文―さらに実例を

 大学入試英語で「クジラの構文」と呼ばれている構文について,これまで何度かこのブログでもとりあげてきた。今回はさらに実例を追加で紹介しておこう。今回紹介するのはA whale is not a fish any more than a horse is.のパターンである。


Much of the discussion in this book is about biases of intuition. However, the focus on error does not denigrate human intelligence, any more than the attention to diseases in medical texts denies good health. (Daniel Kahneman, Thinking, Fast and Slow, Amazon Kindle版位置No.41)

下線部をすらすらと日本語に訳せるだろうか。きちんとわかっていればできるはずだ。

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«勉強に対する発想の転換