September 25, 2016

文章は「字数を埋める」ために書くものではない!

 院試塾の「研究計画書作成指導」などで文章を書く指導をしていると,とにかく字数が埋まればいいと考えているのではないか,と思えるような人がいる。これはおそらく,それまでの学生生活で「○○字以上」という字数制限が設定されていて,それを超える字数を書けば少なくとも文句は言われない,という経験をしているからではないかと思われる。しかし,いくら字数が埋まっていても,書くべきことが書かれていなければその字数はないのも同然なのである。さらに,その字数で本来書くべきことが書かれていないわけだから,指定字数が実は満たされていないうえに,必要なこともきちんと書いていないという,とんでもない文章ができあがるのである。
 だから院試塾の指導では,不要な記述を徹底的に排除することを指導するのだが,なかには字数がなかなか増やせないことに不安を感じる人もいるようだ。しかし,上のように考えれば,字数を増やすことよりも書くべきことをしっかり見きわめることにこそ注力すべきなのである。

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September 24, 2016

「生ぬるい」日本で英語を身につけるための努力

 日本人がなぜ英語を身につけることができないのか。それは結局,真剣みが足らず,英語学習に関する姿勢が「生ぬるい」からではないかと考えている。大学入試では英語が重要だと言うけれど,アジア圏で英語力が高いと言われているインドなどとは違って高等教育も日本語で受けられる。これはある意味では非常に恵まれていることで,この利点を捨てる必要などまったくないのだが,結局日本社会でうまくやっていくために英語力など必要ではないということが若者にバレてしまっているから,英語学習に身が入らないのである。
 そのような「生ぬるい」日本に居ながらにして英語を身につけるためにはどうすればよいか。ぼくが常々学生に言っていることをここで紹介しておきたいと思う。たとえば,「秋分の日」になったら,「秋分」とは英語で何と言うかを和英辞典で調べてみるのである。このときにもちろん,関連する「春分」はもちろん,「夏至」や「冬至」も調べてみるのがよい。1回調べただけでは覚えられないだろうが,これを1年に4回(春分・夏至・秋分・冬至)とやれば,そのうち覚えてしまうだろう。
 また,それらを英語で説明するとどうなるかもあわせて調べてみればよい。これには英英辞典が使える。つまり,「春分」「秋分」はequinoxと言うのだが,これを英英辞典で引くと,たとえば,たいていの電子辞書に入っているロングマンの英英辞典では,one of the two times in a year when night and day are of equal lengthと定義してある。この定義文を読んで,「そうか。『同じ長さである』と言いたいときにはbe of equal lengthと言うのだな」と感心しながら読めばよいのである。さらにそこから,前置詞ofの意味・用法に興味をもって調べてみると,たとえば『ルミナス英和辞典』では,16番の語義に「[性質・特徴などを示して]…の性質[特徴]を持った, …である, …の.【語法】 しばしば「of+名詞」と同じ意味を形容詞で表わすことができる」という記述がある。このように興味をもって調べていけば,知識はどんどん身につくだろう。しかもそのために必要なのは,調べてみようとする姿勢と電子辞書だけなのである。

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September 23, 2016

科学的な英文法の考えかた

  学問としての文法は,科学的である必要がある。つまり,その説明方法は科学の原則に則ったものでなければならないのである。しかし,いわゆる学校英文法は科学であることを捨てているので,いろいろと説明につじつまの合わないところが出てくる。
 その1つの例が,関係代名詞の扱いであろう。まず,以下の2つの文を比較してほしい。


  1. John is the boy [who came to see you].

  2. John is the boy [whom I want to see].


この2つの文のそれぞれにおいて,下線を引いた関係代名詞は移動しているであろうか,それとも移動していないであろうか。一般的な学校英文法の説明によれば,1.のwhoは移動しておらず,2.のwhomはseeの目的語の位置から移動している,というものである。しかし,この説明ははたして科学的に見て妥当なものであろうか。
 まず,このような「場合分け」が必要なこと自体,妥当であるとは言えない。「関係代名詞は節の先頭の位置に移動する」という説明ですべてをカバーするのが「よい説明」であろう。また,1.と2.を別々の規則で説明しようとするともう1つ問題が生じる。それは,以下のように,2.の文でwhomが占めている位置が1.の文では空いていることになってしまうという点である。すなわち:

  1. John is the boy [_____ who came to see you].

  2. John is the boy [whom I want to see whom].


 統一的な説明のためには,表面的には関係代名詞が移動していないように見える1.の文においても以下のような移動が生じていると考えるべきなのである。

  • John is the boy[who who came to see you].


なお,この節の先頭の関係代名詞を受け入れている場所が何であるかというのは議論の余地があって,生成統語論などでもこの点については議論があるのだが,一般的な文法という観点からと言うと,接続詞の入る位置と考えてよいであろう。というのも,疑問詞を含む疑問文を名詞節にすると疑問詞が接続詞のはたらきを兼ねるが,それ以外の文(疑問詞を含まない疑問文や平叙文)を名詞節にするとwhether / if / thatなどの接続詞が生じるからである。つまり,以下のように考えるわけである。

  1. He wants to know [who who came to see him].

  2. He wants to know [whom she wants to see whom].

  3. He wants to know [whether she came to see him].

  4. He said [that he wants to see her].


 上記の1.~4の.文では,下線の語はすべて「節の先頭の接続詞が入る位置」に存在すると考えるわけである。

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September 22, 2016

英文読解における否定の作用域の理解

 否定が文のどの範囲に及ぶかを「否定の作用域」と呼ぶが,これが英文読解上問題となりうることについては,すでに「否定の作用域と焦点―英文読解の難所」,「否定の作用域の問題―重要なのはbecause節の場合だけではない」,「否定の焦点と作用域―not ... becauseの解釈をめぐって」などの記事でこれまでにもとりあげてきた。今回は語の意味解釈との関連で問題になりうる場合について検討してみよう。
 reallyという副詞は,否定の作用域内にあるか外にあるかで意味解釈が異なる。以下の例で確認していこう。


  1. I don't really know it.「私はそれをよく知っているわけではない」

  2. I really don't know it.「私は本当にそれを知らない」


1.のようにreallyが否定の作用域内にあると「よく知っているわけではない」という部分否定の意味になり,2.のようにreallyが否定の作用域の外にあると文の意味を強めて「本当に知らない」という意味になる。
 「否定の作用域」というと何だか難しそうだが,上の意味の違いそのものは学習用英和辞典でも説明されている。ただ,「否定の作用域」という考えかたを知っていると,それがより深く納得できるのである。

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September 21, 2016

文法的に考える英文読解―構造の知識を正確に運用する

 英文を正確に読むためには,構造を正確に理解しなければならないことは言うまでもない。そしてそれは,ごく単純な構造原理を正確に当てはめることによって可能になる場合もあるのだ。そのような例をいっしょに見ていこう。


As demonstrated so beautifully by the "one-word exam," every utterance, every object, every decision, and every action is an opportunity for creativity. This challenge, one of many tests given over several days at All Soul's College, has been called the hardest exam in the world. It required both a breadth of knowledge and and a healthy dose of imagination. Matthew Edward Harris, who took the exam in 2007, was assigned the word "harmony." He wrote in the Daily Telegraph that he felt "like a chef rummaging through the recesses of his refrigerator for unlikely soup ingredients." This homey simile is a wonderful reminder that we have an opportunity to call upon every day as we face challenges as simple as making soup and as monumental as solving the massive problems that face the world. (Tina Seelig, inGenius: A Crash Course on Creativity, Amazon Kindle版位置No.54-61)

下線部の節は同格節と関係節とのどちらであるかを,根拠を示しながら説明できるだろうか。単なるパターンの暗記でreminder that S+Vのthat節は同格節,というだけではすまされないのである。特に,to call uponの後に続くべき目的語がないこと,つまりここに空所があることに注目しなければならない。もしこの空所がthatの出所であれば,このthat節は関係節ということになる。ところが,「文法的に考えるとはどういうことか」で説明したとおり,いわゆる形容詞的用法のto不定詞でも空虚が発生するので,an opportunityにto call uponがかかっているという解釈もできるわけである。前者の解釈ではa wonderful reminder that we have an opportunity to call upon every dayが「日常的に利用する機会がある,何かを思い出させてくれるすばらしいもの」という意味になるし,後者の解釈では「日常的に利用できる好機があることを思い出させてくれるすばらしいもの」という意味になる。ここでは前者の解釈をとった場合この「何か」が何であるかが考えにくいので,後者の解釈が適切ではないかと考えることができる。

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notの転移

 日本で出版されている一般読者向けの英文法書では,これまでの記事で解説した「転移形容詞[修飾語]」という概念はとりあげられておらず,「転移」をこれらの文法書の索引で見てみると,江川泰一郎『英文法解説』は「notの転移」(§109)というのをとりあげていることがわかる。この用語は知らなくても,英文法を少し真剣に学んだ経験がある人であれば誰でも知っている現象のことを言っている。たとえば,日本語では「雨は降らないと思う」と従属節の内容を否定する場合,英語では主節を否定してI don't think that it will rain.と言うほうが,形式的にもとの日本語と対応するI think that it won't rain.とするよりも自然である,というのを聞いたことがある人は多いであろう。意味・内容の点から見てnotが否定しているのは従属節の内容であるのに,形式上は主節が否定されるというように,意味と形式がずれるのでこれを「転移」と呼んでいるわけである。
 この現象について,2つほど追加で説明しておこう。まず,江川が§109Bで解説しているように,seemなどの動詞でもnotの転移が起こって,以下のようなことが起こる。


  • It seems that he doesn't like fish.→It doesn't seem that he likes fish.

  • He seems not to like fish.→He doesn't seem to like fish.


また,knowのような動詞ではnotの転移は生じない。つまり,以下の2つの文は同じ意味ではない。

  1. He knows that the earth is not flat.

  2. He doesn't know that the earth is flat.


この,notの転移が生じるか生じないかの違いについて,安藤貞雄『現代英文法講義』(pp.664-5)はknow / say / realize / doubtのような[+stance]動詞はnotの転移を許さないと説明している。

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転移形容詞の例をさらに―early booksとは

 前の2つの記事(「内容をきちんと考えることの重要性―英文読解における転移過去分詞の処理」/「転移修飾語についてさらに―専門的文法書の記述」)で取り上げたような転移修飾語の例がさらにないかと,佐々木高政『英文解釈考』を見ていたら,やはり見つかったので紹介しておきたい。なお,この本では「転移形容詞」「転移修飾語」などの用語は用いておらず,解釈上注意を要する形容詞の例として紹介されている。


  • The influence of early books [= books one reads early in life [in childhood]] is profound. So much of the future lies on the shelves: early reading has more influence on conduct than any religious reading. (p.74)


上の例のearly booksも,これまでに紹介したものと同様に,earlyの意味はbooksの意味と「直線的に」つながるものではない。上の例の言い換え(この言い換えは佐々木のもの)からわかるとおり,earlyは「早い時期に読む」といったような意味を表すのである。

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転移修飾語についてさらに―専門的文法書の記述

 前の記事「内容をきちんと考えることの重要性―英文読解における転移過去分詞の処理」の内容に関連して,イギリスで出ている専門的な文法書3冊(英文法を真剣に学んだ経験がある人ならば,文法に関する疑問を調べるときにまず参照する)であるA Comprehensive Grammar of the English LanguageLongman Grammar of Spoken and Written EnglishThe Cambridge Grammar of the English Languageを見てみたところ,Cambridgeにはtransferred epithet(転移修飾語)に関する記述が少しだけあり,この形でよく用いられる形容詞の例としてdrunken(drunken speech/walk/behaviour, etc.)が挙がっていたので紹介しておきたい。このような例については,たとえばdrunken drivingを「飲酒運転」とまとめて覚えてしまっている人もいるだろうし,あるいは,『ルミナス英和辞典』(ほかの多くの英和辞典もこの方針を採っている)のようにa drunken manのdrunkenを「酔っ払った,酔った;飲んだくれの」,a drunken argumentのdrunkenを「酔ったあげくの;酔っ払いたちの」という別の語義と捉えることも不可能ではないが,「転移修飾語」という概念を理解していれば何の苦労もなくすっと理解できるわけである。

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内容をきちんと考えることの重要性―英文読解における転移過去分詞の処理

 形容詞が意味的に本来結びつくべき語以外の語を修飾する形で用いられているものを転移形容詞と呼び,英文法研究ではそれなりに注目されている現象であるのだが,実際の英文を読んでいるとちょくちょく見かけるものである。専門的な文法研究の知識がなくても,内容をしっかり考えながら読むという当たり前の力があれば特に問題なく対処できるのではないかと思われる。この点に関する記述が充実している安井稔,秋山怜,中村捷『形容詞』から例を挙げて説明しよう。
 まず,一般的に「転移修飾語」とされている形容詞の例としては以下のようなものがある。


  1. He was now smoking a sad cigarette.

  2. He was waving a genial hand.(p.177)


1.の例において,sadという形容詞は意味的にcigaretteを修飾しているとは考えられず,主語のHeの要素を表しているのだろうと考えて「彼は悲しそうにタバコを吸っていた」と解釈することになる。2.も同様で,genial「にこやかな」がhandを修飾しているとは考えられないので,「彼はにこやかに手をふっていた」と解釈するわけである。
 これに関連して,過去分詞にも被修飾名詞と,安井らの言葉を借りるならば「直線的な」関係になっていないものがあり,これらは「転移過去分詞」とでもすべきであると述べ,次のような例を挙げている(p.54)。

  1. an admitted rebel「自白した反逆者」

  2. her adopted parents「彼女を幼女にした両親」


2.の例などは,「彼女の養子にされた両親」では意味不明であると考えて適切な解釈を考えてみると訳のようになる,という感じであろうか。
 さて,この「転移過去分詞」の実例を見てみよう。

A separate consequence of a settled existence is that it permits one to store food surpluses, since storage would be pointless if one didn't remain nearby to guard the stored food. (Jared Diamond, Guns, Germs, and Steel: The Fates of Human Societies, Amazon Kindle 版位置No.1404-9)

この例でも,existenceがsettledであるわけはないと考えて,このsettledは「(人間が)定住する」という意味だととらえてsettled existenceを「定住生活」としないと意味不明になってしまうわけである。
 ここでも,一度立ち止まって「あれ,おかしいぞ」と思って考えなおしてみることが大切なのだ。もちろん,転移形容詞に関する知識があればなおよいのだが,特に英文法を深く学んだ経験がないかぎりこれを期待するのは難しいであろう。

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September 20, 2016

過程読みと結果読みで名詞化形が異なる場合―domestication / domesticate

 名詞化形に「~する(という)こと」という意味を表す「過程読み」と,「~したもの」という意味の「結果読み」とがあることはこれまでにもこのブログで解説してきたが,今回は過程読みと結果読みとで異なる形になる名詞化を見ておこう。それは,domesticateの名詞化である。domesticateとするということ,という意味の過程読みになる名詞化形はdomestication,domesticateされたもの,という意味の結果読みになる名詞化形はdomesticate(動詞と同じ形だが,発音が変わる)である。たとえば以下のように違う形で用いる。


  • There is sufficient evidence for relatively recent domestication of these plants and animals.(過程読み)
  • These plants and animals are relatively recent domesticates.(結果読み)


このような対としてはほかに,graduation「卒業」/graduate「卒業生」などを挙げることができる。

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